2022.08.09
大動脈弁閉鎖不全症は、心臓の部屋を仕切っている弁のひとつが正常に働かなくなり、心臓の中で血液が逆流する病気です。息切れや動悸(どうき)などの症状がありますが、初期ではほとんど自覚症状がありません。重症化してはじめて気づくため少々厄介な病気です。
今回は、大動脈弁閉鎖不全症とはどのような病気か、症状や原因、治療法について解説します。
大動脈弁閉鎖不全症とは?
大動脈弁閉鎖不全症とは、心臓と全身につながる血管とを仕切っている大動脈弁が、何らかの原因で完全に閉じることができないために、血液が逆流してしまう病気です。
大動脈を流れる血液が逆流してしまうと、左心室への負担が大きくなり、進行すると心不全の症状がみられます。
弁の働き
心臓には、左側に「左心房」「左心室」の2つの部屋があり、右側に「右心房」「右心室」の2つの部屋の計4つの部屋があります。部屋と部屋の間、血管と部屋の間には、開いたり閉じたりするドアのような働きをして逆流を防ぐ弁があります。
さまざまな原因によってこの弁が正常に働かなくなってしまっている状態を「心臓弁膜症」と呼びます。このうち、左心室と大動脈を仕切っている大動脈弁がうまく閉じなくなる病気が「大動脈弁閉鎖不全症」です。
大動脈弁閉鎖不全症の症状
大動脈弁閉鎖不全症は、急性と慢性に分類でき、症状が異なります。それぞれの特徴と症状を解説します。
急性大動脈弁閉鎖不全症
急性大動脈弁閉鎖不全症は、急激に進行するため左心室の負担が大きくなります。
左心室に血液が逆流するため、左心室内の圧力が急激に上昇し、肺に血液や水が溜まった状態になります。この状態が「肺うっ血」と「肺水腫」です。
肺水腫や肺うっ血になると、全身に血液を送り込む力が弱くなり、息切れや息苦しさ、呼吸困難、むくみ、動悸などが起こり、疲れやすくなります。急性大動脈弁閉鎖不全症は、急激に進行するため早急に外科的な治療が必要です。
慢性大動脈弁閉鎖不全症
慢性大動脈弁閉鎖不全症は比較的進行がゆっくりです。そのため、大動脈弁の閉鎖不全が起こっても、初期のうちは自覚症状がありません。ただし、自覚症状がない場合でも、血液が逆流するため左心室が拡大しています。初期の段階では無症状なのは、心臓自体がその変化に順応するためです。
大動脈弁閉鎖不全症は進行性の病気のため、継続する負荷に左心室が耐え切れなくなると、左心不全を引き起こします。左心不全とは、左心室が機能低下を起こしている状態です。
症状が進行するにつれて、階段を上ったときや運動しているときなどに息切れや動悸を起こすようになります。さらに悪化すると、疲れやすくなり、安静にしているときや夜間にも呼吸が苦しくなったり、寝そべると呼吸が苦しくなったりするのが特徴です。
また逆流により、心臓が大きくなることで心臓の筋肉がよりたくさんの酸素を必要とします。すると、狭心症が起こり、胸の痛みを感じるようになります。重度の大動脈弁閉鎖不全症では、めまいや失神を起こすこともあるため早期発見が大切な病気です。
大動脈弁閉鎖不全症の原因
大動脈弁閉鎖不全症の原因は大きく分けて「弁そのものの異常」「大動脈基部の異常」の2つに分けられます。それぞれを解説します。
弁そのものの異常
弁そのものの異常では、大動脈弁自体に何らかの異常がおこることで閉鎖不全を起こしている状態です。代表的なものには「感染性心内膜炎」「膠原病」「動脈硬化」「性感染症」「リウマチ熱」などがあります。
感染性心内膜炎
感染性心内膜炎とは、心臓の内側を覆っている心内膜に細菌が付着・感染することで起こる病気です。歯肉炎や皮膚感染症などの細菌が血液内に侵入してしまうのが原因です。
また、菌が弁に付着すると閉鎖不全を引き起こします。ほとんどの場合大動脈弁や僧帽弁に起こるのが特徴です。
感染性心内膜炎の主な症状は、高熱や疲労感で、そのほかには悪寒や関節痛などもあります。また、心臓弁が急速に広範囲で破壊されるため、急性の場合は命に関わることもあります。
膠原病
膠原病とは、全身の皮膚や関節、骨、血管などの結合組織に慢性的な炎症が起こり、機能障害を引き起こす病気の総称です。自己免疫疾患やリウマチ性疾患、結合組織疾患が重なる位置に膠原病が起こるとされています。大動脈弁に膠原病が起こると、弁を破壊し閉鎖不全を起こします。
症状には発熱や関節炎、倦怠感などの全身症状のほかに、皮膚症状、筋症状、炎症が起きている内臓そのものの症状があります。膠原病は、多くの臓器に起こる慢性疾患ですが、近年、治療法の進歩により改善が望めるようになってきました。
動脈硬化
動脈硬化とは、動脈の血管が何らかの原因で弾性が失われた状態です。動脈硬化の原因は主に加齢で、危険因子には喫煙やコレステロール、高血圧、肥満、運動不足などがあります。
動脈硬化は血管だけでなく、弁の弾力も低下します。すると、弁が破壊されて狭窄を起こしたり閉鎖不全を起こしたりします。
性感染症
大動脈弁閉鎖不全症は、梅毒と呼ばれる性感染症によっても引き起こされます。
梅毒とは、性感染症のひとつで、梅毒トレポネーマという病原菌が原因です。症状は発赤やしこり、鼠径部の腫れなどがあります。梅毒は早期の薬物治療で完治が可能な病気です。
しかし、検査や治療が遅れたり、放置したりしていると、症状が悪化し、脳や心臓の合併症をきたす恐れがあります。病原菌が心臓の弁に達すると、弁を破壊してしまうため、早期の発見と治療の継続が大切です。
リウマチ熱
リウマチ熱とは、皮膚や関節、神経、心臓に起きる炎症で、のどに起きるレンサ球菌感染症(レンサ球菌咽頭炎)の合併症として起こる自己免疫疾患です。関節痛や発熱、胸痛、動悸、発疹、けいれんなどの症状があります。
通常は、リウマチ熱にかかっても大半の患者さんが抗菌薬で症状を抑えることができるでしょう。しかし、中には低い割合で心臓に影響を及ぼすことがあります。心臓では、弁膜症や心不全が起こります。弁膜症の多くは僧帽弁に起こりますが、まれに大動脈弁が破壊されます。
先天的な異常
大動脈弁は3つの弁で閉じたり開いたりして血液の逆流を防いでいます。しかし、先天的に弁が2つしかなかったり、4つあったりする人がいます。そうした場合には、大動脈弁閉鎖不全症が起こりやすくなっています。
大動脈基部の異常
大動脈基部の異常では、弁そのものではなく、大動脈と大動脈弁の根本やその周辺に何らかの障害が起こっています。ここでは代表的な「大動脈弁輪拡張症」「マルファン症候群」「大動脈解離」「大動脈炎症候群」の4つを解説します。
大動脈弁輪拡張症
大動脈弁輪拡張症とは、大動脈基部が何らかの原因で拡張することで、大動脈弁が閉鎖不全を起こしている状態です。先天的に大動脈の壁が弱い人に多く、マルファン症候群の合併症でも起こることがあります。主な原因は動脈硬化やマルファン症候群です。
マルファン症候群
マルファン症候群とは、子どもから大人まで幅広い年代に起こる病気です。心臓弁膜症や大動脈解離を発症することがあり、突然死を引き起こす可能性がある病気としても知られています。
遺伝的な要因も大きく、心臓の症状のほかにも高身長、背骨が曲がる、細く長い指、水晶体の異常などの特徴があります。遺伝による影響が大きく、大人になってマルファン症候群と診断される人も珍しくありません。
特徴に気付かないために、進行すると心臓弁膜症や大動脈解離を引き起こすこともあるため、早期発見と予防的な治療が大切になる病気です。
大動脈解離
大動脈解離とは、動脈を構成する内膜が破れることで、中膜に血液が入り込んでしまう病気です。
動脈は内側から内膜・中膜・外膜の3層で構成されており、動脈の柔軟性を保ったり、血液の圧力を受け止めたりする働きをしています。このうち、何らかの原因で内膜が裂け、中膜に血液が入りこむことで、大動脈内に二つの通り道ができてしまうのが大動脈解離です。
大動脈解離は突発的に起こり、胸や背中に激痛が起こるのが特徴です。また、血管が避けているため、血管壁が薄くなっており、破裂すると命に関わります。原因は、動脈硬化や高血圧、ストレス、高脂血症、糖尿病、喫煙などで、遺伝も関係しています。
高齢者に起こりやすい病気ですが、40~50歳代の働き盛りに起こることも珍しくありません。また心臓にストレスがかかりやすい冬場に起こりやすいのも特徴です。
高安動脈炎
高安動脈炎は、以前は「大動脈炎症候群」と呼ばれていましたが、心臓以外の全身の臓器にも起こるため高安動脈炎に名称が変更されました。
高安動脈炎は、主に、大動脈やそこから分岐する冠動脈や肺動脈などの血管に起こる慢性的な自己免疫疾患です。はっきりとした原因はわかっておらず、20歳前後の女性に起こりやすい指定難病とされています。
発熱やだるさ、体重減少、首、肩、背中などの痛みが見られ、冷や汗やめまい、耳鳴り、視力の低下なども現れます。また、動悸や息切れ、腹痛など全身性の症状が特徴です。
大動脈弁閉鎖不全症の治療法
大動脈弁閉鎖不全症の治療は大きく「薬物治療」「外科治療」の2つがあります。それぞれを解説します。
薬物治療
薬物治療は軽度あるいは中程度の症状の場合に、進行を抑える目的で薬の内服を行います。薬物治療では主に血圧を下げて、血液の逆流を抑えるのが目的です。大動脈弁閉鎖不全症になると、血圧が高くなり、そのまま進行すると弁の損傷はさらに進み、逆流量も増えてしまいます。そのため、薬を服用して血圧をコントロールします。
治療に使われるのは、アンジギオテンシンⅡ受容体拮抗薬やACE阻害薬、カルシウム拮抗薬などです。いずれも血管を広げる作用のある薬です。また、肺水腫や肺うっ血、むくみの軽減のために、利尿剤も使用します。
ただし、薬物治療は進行を遅らせるための治療であるため、根本的な解決にはなりません。症状そのものの改善には外科治療が必要です。
外科治療
大動脈弁閉鎖不全症が進行している場合には、外科治療を行います。大動脈弁閉鎖不全症の代表的な手術は「大動脈弁置換術」「大動脈弁形成術」「大動脈基部置換術」です。それぞれを解説します。
大動脈弁置換術
大動脈弁置換術とは、閉鎖不全を起こしている大動脈を取り除いて、新たに人工弁または生体弁に置き換える手術です。手術は全身麻酔で、一時的に心臓の動きを止めるため、心臓の代わりとなる人工心肺装置を使用します。
人工弁は、金属などでできた機械弁と、ブタやウシから作った生体弁のいずれかを使用します。人工弁を使うと血栓防止のために抗凝固薬を生涯にわたり飲み続けなければなりません。生体弁は、薬の服用はないですが、劣化しやすいため再手術を行う可能性があります。どちらを使用するかは、患者さんの年齢や生活背景、病態を考慮して決定します。
大動脈弁形成術
大動脈弁の状態が良好な場合は、弁置換はせず弁形成術を行います。弁形成術では、弁の前後にかかる圧力差が生じにくいため、正常に近い形で大動脈弁を取り戻すことができます。
手術は全身麻酔を使い、同じく人工心肺装置を使用します。弁置換術とは違い、抗凝固薬を使用しないなどのメリットがあります。とりわけ若年者では生体弁よりは耐久性に優れます。弁輪が小さい人にも適応できるため、弁置換術が適応でない人にも向いている手術です。
ただし大動脈弁形成術には高度な技術と豊富な経験が必要なため、まだ普及していないのが現状です。当院では大動脈弁形成術のエキスパートである國原先生が大動脈弁形成術を施行することができます。
大動脈基部置換術
大動脈基部置換術は、大動脈弁のほかに、大動脈基部も炎症や拡張が起こっている場合に行う手術です。全身麻酔、人工心肺装置を用いた手術で、病変が起きている大動脈を切除して、人工血管に置き換えます。
弁に障害がある場合は、合わせて弁置換術を行います。大動脈基部置換術は、大動脈弁、大動脈、冠動脈の3ヵ所を縫い合わせるため、弁置換術や弁形成術に比べて手術時間が長くなる傾向にあります。
一方、弁自体に変化が無い場合は弁を切除せずに大動脈だけ置換することができます。これを弁温存基部置換術と言って、弁形成術と同様のメリットが得られます。この手術もまだあまり普及しておりませんが、当院では大動脈弁形成術のエキスパートである國原先生が施行することができます。
まとめ
大動脈弁閉鎖不全症は、左心室と大動脈を仕切る大動脈弁が何らかの原因で、血液が逆流する病気です。初期段階では、自覚症状はほとんどなく、進行すると息切れや動悸などの症状があります。治療には、薬物治療と外科治療があり、病状や進行具合にあわせて治療法が選択されます。突然死のリスクもあるため、気になる症状があれば循環器科や心臓外科で詳しい検査を受けましょう。
当院では大動脈弁形成術のエキスパートである國原先生を始め、豊富な経験を持つ外科医を始めする心臓外科のスタッフ一同が一丸となって、患者様お一人お一人の立場に最適な治療、手術を行っていきます。
「すべては患者様のために」をスローガンに、患者様のことを第一に考え、思いやりのある温かい医療を提供してまいります。心臓疾患でお悩みの方はお気軽にご相談ください。