2022.08.02
心臓手術の種類
心臓の病気には、必ずしも手術が必要なわけではありません。生活習慣の改善や薬物療法、保存療法で対処できる場合もあります。
しかし、それでも治療することが困難な心臓や血管などの問題を解決するためには、手術が必要となる場合もあります。
ここでは、心臓や血管における疾患において、主にどのような手術が行われているのかについて分かりやすく解説いたします。
冠動脈に関する心臓手術
心臓バイパス手術とも呼ばれる冠動脈バイパス移植術(CABG:Coronary Artery Bypass Graft)が、最もよく行われる冠動脈に関する手術です。
心臓手術の最も一般的なタイプであるCABGでは、動脈硬化のために狭窄、あるいは閉塞した冠動脈によって血流が足りない、あるいは心筋梗塞を起こした心臓の組織に対し、安定して動脈血を供給するために行われます。
まず体内の別の場所から健康な動脈または静脈を採取し、閉塞した冠動脈よりも先端側に血液を供給するために移植します。動脈は胸部の動脈、静脈は下肢の静脈を用いることが一般的で、この代替血管をグラフトと呼んでいます。
移植された動脈または静脈は、冠動脈の閉塞部分を迂回し、心筋に血液が流れる新しい経路を作ります。多くの場合、同じ手術中に複数の冠動脈に対して行われます。
なおCABGの手術を行う際、心臓の拍動を一時的に止め、代わりに人工心肺という心臓の代わりをする機械を利用してグラフトの移植手術を行う場合と、心臓の拍動を止めないで行う場合があります。前者はオンポンプ、あるいはon-CABG、後者はオフポンプ、あるいはoff-CABGと呼ばれています。
また通常のCABGでは、胸部正面を大きく開いて手術を行いますが、左乳房の下あたりを小さく切開してCABGを行う低侵襲冠動脈バイパス移植術もあります。
心臓弁に関する心臓手術
心臓弁に関する手術では、心臓の弁を修復または交換します。
心臓弁膜症とは、僧帽弁、三尖弁、肺動脈弁、大動脈弁という4つの心臓弁のうち、少なくともひとつが正常に機能していない状態を指します。心臓弁は、血液が心臓内を正しい方向に流れるように機能しています。
必要となる心臓弁手術の種類は、年齢、健康状態、心臓弁膜症の種類や重症度など、さまざまな要因によって異なります。
心臓弁を交換する場合は、ブタ、ウシ、ヒトなど、生体の心臓組織から作られた生体弁と交換する場合と、特殊な金属でできた機械弁と交換する場合があります。これらの手術は、弁周囲を血液が通過しにくくなる僧帽弁狭窄症や大動脈弁狭窄症などに行われます。
弁を修復する場合は、自分の弁を残したまま、問題ある部分だけを切り取って修復し、弁の機能を回復させる方法がとられます。これは弁がしっかりと閉鎖しないために血液が逆流する状態である、僧帽弁・三尖弁・大動脈弁閉鎖不全症などで行われます。
僧帽弁・三尖弁閉鎖不全症の修復術は一般的に行われていますが、大動脈弁閉鎖不全症の修復術は、特殊な知識と経験を必要とするため、まだ一般的には行われていません。当院の國原先生は大動脈弁形成術のエキスパートですので、気軽にご相談いただければ幸いです。
心臓弁の手術は、胸骨から胸を切り開く開胸手術を行います。ただ最近は開胸手術で使用する切開創よりも小さな切開創を使用する低侵襲心臓手術(※)が行われることも増えています。
低侵襲心臓手術では、胸腔鏡手術と呼ばれる器具を用いる場合やロボットの支援を受けて行う手術などがあります。
当院の星野先生は胸腔鏡手術の経験が豊富です。
※低侵襲手術とは、からだへの負担(=侵襲)が少ない手術のことです。
整脈に関する心臓手術
心臓の拍動が速すぎたり遅すぎたり、また不規則になったりする不整脈の治療には、抗不整脈薬と呼ばれる種類の薬が、治療における最初の選択肢になります。
しかし薬物療法が効かない場合は、ペースメーカーを胸部または腹部の皮下に埋め込み、ペースメーカに接続されたワイヤを心臓に接続することがあります。
ペースメーカーは、ワイヤの先端にあるセンサーが異常な拍動を検知すると、電気信号を使って心臓のリズムをコントロールします。
また致死的な不整脈が頻発する場合、電気ショックを与える除細動器を体内に植え込む、植え込み型除細動器(ICD)を使用することがあります。ICDを挿入すると、危険な不整脈が発生したときに電気ショックを与え、心臓を正常なリズムに戻すことが可能になります。
このほか、難治性の心房細動に対しては、メイズ手術と呼ばれる手術を行うことがあります。心房細動は、心臓の拍動を調節する細胞が機能せず、無秩序に心房が拍動してしまう不整脈ですが、そのために血栓ができやすくなったり、心不全を起こしたりすることがあります。メイズ手術では心房の一部に傷を作り、制御された電気信号を規則的に心室に向かわせることを可能にします。
胸部動脈瘤に関する手術
胸部大動脈瘤は、心臓から全身に血液を運ぶ主要な血管である大動脈にできた「こぶ」のような膨らみです。
通常動脈は丈夫で厚い壁を持っていますが、高血圧の状態が長く続いたり、動脈硬化が進んだりすると、動脈壁が脆くなり動脈瘤ができやすくなります。そのほかにも、血管壁を作る結合組織の異常のために動脈壁が弱くなる遺伝疾患が原因となることもあります。
小さな動脈瘤は、内服薬を用いて管理することができますが、動脈瘤が大きくなりすぎて破裂すると、命が危ぶまれる可能性があります。したがって、大きくなってきた動脈瘤には外科的な治療が必要です。
胸部大動脈瘤の術式には、開胸による手術と血管内修復術、大きく分けてこの2種類があります。どちらの術式を選択するかは、治療を受ける人の年齢や動脈瘤のできた場所、大きさなどによって変わります。
開胸による手術
大動脈瘤を修復する最も一般的な手術ですが、侵襲が高い手術となります。手術では、大動脈の弱くなった部分を切り取り、代わりに特殊な生地でできた人工血管のグラフトを縫い付け、本来の血管に置き換えます。
血管内修復術
開胸手術の代わりに、血管内修復術を選択することがあります。
この手術では、ステントグラフトと呼ばれる特殊な布製の管に縫い付けられた柔軟なワイヤーフレームを、カテーテルを使用して大動脈に挿入します。
動脈瘤ができて弱っている動脈壁に到達したら、カテーテルからステントグラフトを動脈内で広げて内側から補強します。こうすることで動脈瘤へ血液が流れることを防ぎます。
先天性心疾患に関する手術
先天性心疾患に関する治療は、主に心臓の構造上の異常に対する手術になります。その術式は、それぞれの先天性心疾患に固有のものもあれば、病態に合わせて選択されるものなど、多数あります。そのうち代表的なものをいくつかご紹介します。
動脈管開存症
出生前の赤ちゃんには、大動脈と肺動脈の間をつなぐ動脈管が存在しています。この血管は、赤ちゃんが生後自分で呼吸を始めて間もなく閉じることが普通です。しかし、何らかの原因で閉じない場合は動脈管開存症と呼ばれます。
動脈管開存症には、まず薬を使った治療を行います。症状が改善されない場合は、太腿の付け根からカテーテルと金属製のコイルを挿入して動脈管まで通します。コイルは血管内で血流を遮断する作用を持つため、動脈管が遮断されて問題が改善されます。この術式は、小児循環器内科の医師によって行われることが一般的です。
もうひとつは左胸に小さな切開創を作ったのち、そこから動脈管を縛る、あるいはクリップで止める方法があります。この術式は心臓外科医が行うもので、新生児集中治療室(NICU)で行われることがあります。
心室中隔欠損症(VSD)
心室中隔は、心臓の左右の心室の間にある壁です。先天的に心室中隔に穴ができていることがあり、心室中隔欠損症(VSD)と呼ばれます。この穴があることで、酸素を含む血液と肺に戻る血液が混ざり合ってしまいます。
小さなVSDの多くは1歳までに自然に閉じます。しかし、1歳を過ぎても閉じないVSDは、外科的に閉鎖する必要があります。心室中隔にできた穴は、特殊な素材でできたパッチで塞ぐことがほとんどです。
なお、VSDもカテーテルとコイルを用いて閉鎖することがあります。
ファロー四徴症
ファロー四徴症は、生まれつき存在する心臓の構造上の異常で、赤ちゃんにはチアノーゼが生じます。生後6ヶ月から2年の間に手術が行われることが一般的です。
手術には、心室中隔欠損をパッチで塞ぐ、肺動脈弁の周囲にできている動脈の狭窄を切除する、また肺への血流を改善するために、右心室と主肺動脈にパッチを貼るなど、複雑な手術になります。
このほかにも、複雑な心奇形に応じて術式を選択して手術を行います。
心臓手術に伴うリスク
心臓の手術は、もちろん手術は成功する前提で行いますが、リスクは当然ながら伴います。
一般的には、出血、感染症、また人工心肺を利用することによる心臓、腎臓、肝臓、肺の組織へのダメージなどのほか、術中に脳梗塞を起こすことが起こりえます。
また、最悪のケースとしては、お亡くなりになってしまうことも残念ながらあります。
また、合併症を起こさないようにするために糖尿病、高血圧、腎臓や肺の病気など、他の基礎疾患の治療が重要になることも理解しておいてください。
心臓手術前にすべきこと
心臓手術の前にすべきことを、簡単に整理しておきます。
まずは可能な範囲で構わないので、できる限り規則正しい、健康的な生活を送るようにします。喫煙している人は禁煙し、高血圧や糖尿病などの持病がある場合は、しっかりと治療を受けます。この際、治療薬が変わることがあれば、必ず手術を行う外科医にも情報を共有するようにしましょう。
風邪をひくと、麻酔をかけることができなくなりますので、体調管理に加えて感染予防にも留意します。
入院前には、あらかじめ渡されている書類を参考にしながら、病院へ持参する身の回りのものを揃えましょう。
手術を受けると、日常の生活に戻るまでしばらく時間を必要とします。その間にすべきことがあれば、あらかじめ片付けておくことをお勧めします。
心臓手術後について
心臓手術後に起こることについて、ご説明しておきます。
術後の回復過程
心臓手術から日常生活に戻るまで回復時間は手術の種類によって異なりますが、多くの心臓手術では、病院の集中治療室(ICU)で最低1日は過ごすことになります。
ICUに入室した直後は、麻酔が効いていて、目が覚めるまで時間がかかるかもしれません。ICUでは心電図や血液中の酸素濃度、また血圧や体温などを測定するモニターを装着し、状態の変化にすぐに気づくことができるよう、厳重に管理されます。
ICUで問題がなければ、その後退院するまでの間、病院内の病室で過ごします。
病室に戻った後は、退院に向けて歩行を始め、日常生活を送ることを想定して活動のレベルを徐々に上げていきます。
また術後の傷に問題が生じていないか医師が毎日観察しますし、そのほかの合併症が生じていないか、血液検査や胸部X線写真などの検査を含め、定期的に確認されます。
完全に元の生活に戻ることができるまでの期間は、手術の種類によって異なります。ただし一般的に最低でも数ヶ月はかかると考えておいてよいでしょう。
術後の痛み
術後の痛みが心配になる方もおられるでしょう。
心臓手術は大きな手術ですが、一般的に長期的な痛みを起こすものではありません。
ただ術後はしばらく痛みがありますので、必要に応じて麻薬系の薬が使用されます。そのほかにも鎮痛薬などの飲み薬や座薬を用いることがあります。
どうしても多少の痛みは経験しますが、我慢できないほどの痛みを経験することはありません。
まとめ
心臓手術について、さまざまな手術の方法や手術の前に準備しておくべきことなど説明いたしました。
実際に心臓手術を受けるとなると、主治医や看護師たちから、より具体的に詳しく説明がなされます。もし疑問があれば、遠慮なく質問し、不安を解消して手術に臨むことをお勧めいたします。
当院では大動脈弁形成術のエキスパートである國原先生を始め、豊富な経験を持つ外科医を始めする心臓外科のスタッフ一同が一丸となって、患者様お一人お一人の立場に最適な治療、手術を行っていきます。
「すべては患者様のために」をスローガンに、患者様のことを第一に考え、思いやりのある温かい医療を提供してまいります。心臓疾患でお悩みの方はお気軽にご相談ください。