2022.08.11
突然死のリスクが高い病気として知られる急性大動脈解離は、高血圧や喫煙、ストレスが危険因子となって動脈硬化などが原因で起こる病気です。
急性大動脈解離の種類によって手術方法は異なりますが、比較的早く治療を開始しなければ命にかかわる可能性があります。胸に裂けるような激しい痛みを感じた場合はすぐに救急車を呼びましょう。
本記事では、急性大動脈解離とはどのような病気か、症状や原因、治療法などを解説します。この記事を参考に、急性大動脈解離への理解を深めましょう。
急性大動脈解離とは?
急性大動脈解離とは、心臓から背中を通ってお腹にかけて走行している大きな血管の大動脈が、何らかの原因で解離してしまう病気です。解離性大動脈瘤や大動脈解離とも呼ばれています。
大動脈の解離とは、動脈を構成する内膜・中膜・外膜の3つの層のうち、一番内側の内膜に亀裂が入ったり穴が開いたりして内壁の中に血液が流れ込んでいる状態です。解離が起こると、過去に経験したことのないような激しい痛みを伴います。
急性大動脈解離は近年増加傾向にあり、突然死のリスクが高い病気として注目されています。急性大動脈解離は、前兆症状がなく突然発症するのが特徴です。放置すれば発症後48時間以内に50%、1週間以内に70%、2週間以内に80%の割合で死亡すると言われています。そのため、発症後は早期の治療が大切です。
大動脈の構造と働き
ここでは、大動脈の働きについて理解しましょう。まず私たちの体は全身に血管が張り巡らされており、全身に栄養や酸素を運んだり、各臓器や器官でいらなくなった二酸化炭素や老廃物を運んだりしています。
酸素や栄養を運ぶ役割をしているのが、動脈と呼ばれる血管で、この動脈のうち胸からお腹にかけて、胸部で直径2~3cm、腹部で直径1.5~2cmの大きな太い血管が走行しています。これが大動脈です。
この大動脈は横隔膜を挟んで、胸部大動脈と腹部大動脈に分けられています。胸部大動脈は、さらに上行大動脈・弓部大動脈・下行大動脈に分けられ、そこから細い血管が分岐して頭や腕に血液を送っています。腹部大動脈は、肝臓や腎臓、胃・腸などの腹部の臓器に向けて細い血管が分岐して血液を送っています。
この大動脈が何らかの原因で、血管の内壁が裂けて起こるのが急性大動脈解離です。
急性大動脈解離の分類
急性大動脈解離は、解離が起こる部分によって、いくつか分類方法がありますが、その中でも代表的なのが「スタンフォード分類」と呼ばれる分け方です。スタンフォード分類では、スタンフォードA型とスタンフォードB型の2種類に分けられます。それぞれの特徴を解説します。
スタンフォードA型
スタンフォードA型は、胸部大動脈の上行大動脈に解離が起こっている状態です。上行大動脈に解離が起こると、心嚢内の破裂や出血、大動脈弁閉鎖不全症、心筋梗塞、心不全などの急死に至る合併症が起こりやすく、すぐに治療を開始しなければなりません。
救急要請から搬送、治療開始までの間に破裂により突然死することもあり、急性大動脈解離の中でも予断を許さないタイプです。
スタンフォードB型
スタンフォードB型は、胸部大動脈の上行大動脈に解離が起こっていない状態です。胸部大動脈だけでなく、腹部大動脈に解離が起こっている場合も含みます。
スタンフォードB型は解離部分の破裂や臓器への血流障害などの合併症が起こっている場合は、すぐに治療を開始します。その後、血圧を下げて新たな解離や合併症が起こらないように集中治療室で24時間体制での管理が必要です。
48時間の絶対安静ののち、約1週間はベッドの上で安静に過ごします。このとき移動やトイレ、入浴などのために立ち上がることはできません。心臓に負担をかけないように過ごしながら、内服薬で血圧の調整を行い日常生活に戻れるようにフォローしていきます。
急性大動脈解離の症状
急性大動脈解離は、ほとんどの場合で何の前触れもなく、突然胸や背中に激しい痛みを感じるのが特徴です。そのほかには、心タンポナーデ、血流障害による合併症を引き起こすことがあります。それぞれを解説します。
胸を引き裂かれるような激しい痛み
急性大動脈解離は、これまでに経験したことのないような胸や背中の痛みが突然起こるのが特徴です。その痛みは「立っていられない」「うまく話ができない」ほどの痛みだといいます。
また、大動脈が裂ける部位で痛む場所は異なるケースもあるようです。上行大動脈に解離が起きている場合には、胸を中心に痛みを感じます。一方、下行大動脈に解離が起きている場合には、背中の肩甲骨のあたりが痛むこともあります。
大動脈の解離が広がることで、胸から背中、腰、お腹に痛みが移動することも珍しくありません。このように、病態が進行するにつれて痛みが広がったり移動したりするのも、急性大動脈解離の典型的な症状です。
しかし、狭心症や心筋梗塞なども胸や背中に強い痛みなどの症状を特徴とするため、痛みだけでは急性大動脈解離だと判断することはできません。後述する症状なども合わせて、総合的に診断します。
心タンポナーデ
急性大動脈解離は、突然死のリスクがある病気です。その原因の1つが心タンポナーデです。
心臓は、心外膜と呼ばれる膜で覆われており、その間には心嚢液と呼ばれる液体で満たされています。この心嚢液は、心臓の拡張・収縮をサポートしたり、外部からの衝撃を和らげるクッションのような役割をしたりしています。急性大動脈解離などが原因で、心嚢液が大量に増えたことで心臓の動きが抑制された状態が心タンポナーデです。急性大動脈解離の場合、出血した血液が心臓の周りに溜まることが原因で起こります。
心タンポナーデになると、胸部の圧迫感や呼吸困難のほかに、血圧低下や頻脈によるショック状態に陥ることも珍しくありません。急性大動脈解離の場合は、少量でも重篤化しやすいため状態によっては緊急の開胸術が必要です。
血流障害による合併症
大動脈に解離が起こりその範囲が広がると、大動脈から各臓器に栄養を送っている枝分かれした動脈が圧迫されてふさがってしまうことがあります。すると、枝分かれした動脈が遮断されて血流障害による合併症を引き起こします。そのため、早期の発見が大切です。
代表的な急性大動脈の合併症は以下です。
- 脳卒中:脳につながる動脈の遮断
- 腎不全:腎臓につながる動脈の遮断
- 心筋梗塞:冠動脈の血流が遮断
- 運動麻痺:脊髄につながる動脈の遮断など
このように、急性大動脈解離では血流障害による合併症にも注意しましょう。
急性大動脈解離の原因
急性大動脈は、高血圧、動脈硬化、ストレス、喫煙、糖尿病、高脂血症、睡眠時無呼吸症候群、遺伝などさまざまな要因により発症します。特に、高血圧は大きなリスク因子です。大動脈解離が起きた人の2/3以上は、高血圧であることが分かっています。
大動脈解離は男女とも70歳代に起こりやすい病気ですが、40~50歳代で発症することも珍しくありません。また、急性大動脈解離が起こりやすい時期があり、特に冬場に多くなる傾向があるため注意が必要です。さらに起こりやすい時間帯もあり、6~12時の日中に多いと報告されています。
急性大動脈解離の予防方法
急性大動脈解離は突然起こる病気のため、急な発症を防ぐことはできません。しかし、大動脈解離が起きた人の多くに、高血圧があることが分かっているため、高血圧を予防することが大切です。
運動不足や暴飲暴食、塩分の高い食事などは高血圧の原因です。一駅ぶん長く歩いたり、階段を使うことを意識したりして、運動の機会を増やしましょう。また、肥満や塩分の高い食事にも注意が必要です。
熱すぎる温度での長時間の入浴は、心臓に負担をかけるため、40度程度のぬるめのお湯で入浴しましょう。喫煙も動脈硬化の原因となるため、禁煙を心がけることが大切です。
急性大動脈解離の治療法
急性大動脈解離は突然死のリスクがある病気のため、発症後、まずは緊急手術が必要かどうかを、前述した「スタンフォード分類」をもとに判断します。特に緊急度が高いのはスタンフォードA型です。スタンフォードB型は緊急手術が必要な場合とそうでない場合とがあります。
緊急手術を必要としない場合は、血圧を下げたり、痛みを和らげたりする薬を使用しながら、保存的治療を行います。急性大動脈解離の手術では、主に人工血管置換術を行います。
人工血管置換術
緊急手術で行うのは、解離が起きている血管を切除して、人工血管に置き換える手術です。解離が起きている部位ごとに、「上行大動脈人工血管置換術」「弓部人工血管置換術」「胸部下行大動脈人工血管置換術」を単体、もしくは組み合わせて行います。
上行大動脈人工血管置換術、上行大動脈人工血管置換術+弓部大動脈人工血管置換術はスタンフォードA型に対する術式です。B型解離では、胸部下行大動脈人工血管置換術が行われます。
人工血管は、「ダクロン」と呼ばれる化学繊維を網目状に織った白いチューブ型をしています。現在使用されている人工血管は数十年以上の耐久性を持つため、術後の劣化による入れ替えの心配はまずありません。しかし感染に対して弱いため、感染症にかかるリスクがある歯の治療の際などには注意が必要です。
これらの人工血管置換術は一時的に心臓の拍動を止める必要があるため、全身麻酔の管理下のもとで心臓の代わりとなる人工心肺装置を使用します。
上行大動脈、下行大動脈に対する置換術は、解離が起きている大動脈内に分岐する動脈がなければ、大きな人工血管を置換するだけで済むため手術時間は短くなる傾向にあります。しかし、弓部大動脈のように腕や頭に分岐する末梢動脈も含めて人工血管に置換する必要があれば、手術の難易度は上がり、手術時間も長くなる傾向にあります。
最近では、人工血管にバネが付いたステントグラフトを使用する「オープンステント法」と呼ばれる術式を用いることで、末梢動脈への吻合(ふんごう)が簡略化され、手術時間が短くなりました。これにより、身体への負担は軽減され、手術成績も向上しています。
ステントグラフト内挿術
スタンフォードB型で緊急手術を必要としない症例で、発症後半年以内に解離の原因となった内部亀裂が起こっている場合には、内部亀裂部分にステントグラフトで塞ぐカテーテル治療を行うこともあります。
人工血管置換術と同様に全身麻酔を行いますが、足の付け根に数cmメスを入れて、そこからカテーテルを挿入するため体への負担が少ない手術です。最近の研究では、ステントグラフト内挿術を行うことで、将来的な大動脈拡大や破裂などの予後不良を予防できる可能性が高くなることもわかってきました。
まとめ
突然死のリスクが高い病気として知られる急性大動脈解離は、高血圧や喫煙、ストレスが危険因子となって動脈硬化などが原因で起こる病気です。早期の治療が必要となり、緊急手術の有無にはスタンフォード分類を用います。
胸に裂けるような激しい痛みが特徴で、進行すれば心タンポナーデで血流障害による合併症を引き起こすため、痛みを感じた場合はすぐに救急車を呼びましょう。
急性大動脈解離は治療法も増え、安全性も確立されており早期に治療すれば、日常生活を取り戻すことができます。予防のためには、定期的に循環器科や心臓血管外科で詳しい検査を受けることも大切です。