2022.08.15
弁置換術とは?
私たちの体をめぐる血液は、心臓を中心として全身を巡っています。まず心臓を出た血液は肺を通り、新鮮な酸素を血液に取り込み心臓へ戻ってきます。そして心臓から全身をめぐり、身体中に酸素を送り届けた後、再度心臓へと戻ってきます。血液はこのような巡り方をして、全身に新鮮な酸素を送り届けています。
心臓は右心房、右心室、左心房、左心室と呼ばれる4つの部屋に分かれており、その4つの部屋が正しいリズムで収縮することで全身に絶えず血液を送り出すポンプとしての役割を担っています。全身の血液の流れは一方通行でなくてはならないため、これら4つの部屋はそれぞれの部屋に血液が逆流しないように、「弁」という扉を持っています。私たちの心臓には、以下の4つの弁があります。
- 三尖弁:右心房と右心室の間にある弁。弁は通常3枚。
- 肺動脈弁:右心室と肺動脈の間にある弁。弁は通常3枚。
- 僧帽弁:左心房と左心室の間にある弁。弁は通常2枚。
- 大動脈弁:左心室と大動脈の間にある弁。弁は通常3枚。
この「弁」が血液の流れにそって開け閉めされることで正しい方向へ血液は流れていきますが、何らかの原因でその機能が損なわれた状態を「弁膜症」と呼びます。
弁膜症には、弁が硬くなって開きにくくなる「狭窄症」と完全に閉じられなくなる「閉鎖不全症」の2通りあります。これらがそれぞれの弁に起こることがあるため、全部で8種類の弁膜症が発症します。弁膜症が進行して体に何らかの症状が出始めたときには、弁の機能を回復させるための外科手術が必要となります。
弁に対して行う手術は、弁そのものを交換する「弁置換術」と、もともとの弁を可能な限り残したまま形と機能を回復させる「弁形成術」の2種類があります。弁置換術は、閉鎖不全症と狭窄症の両方に対して行われる手術です。
弁置換術の歴史は古く、弁に対する手術の第一選択とされていました。日本で実施されている手術件数も多く、手術による死亡率も2~3%と比較的良好です。
弁置換術が必要となる病気
弁置換術が必要となる病気は、それぞれ4つの弁に発症した閉鎖不全症と狭窄症です。それぞれの弁は弁輪と呼ばれる弁を形作る台座と、弁輪に付着する弁となる2枚もしくは3枚の羽で形作られています。通常はこの弁輪と弁が逆流を防止する役割をしていますが、これらに何らかの異常が起こり、弁がうまく閉じ切らない、開き切らないようになってしまうことにより閉鎖不全症や狭窄症が起こります。これらのような状態を起こしてしまう病気は様々ですが、代表的な病気は大きく分けて以下のように分類されます。
閉鎖不全症の場合
①弁が生まれつき少ない
三尖弁、肺動脈弁、大動脈弁はもともと3枚の弁があるはずですが、とりわけ大動脈弁には生まれつき弁が2枚しかない先天性2尖弁と呼ばれる病気があります。弁が3枚ある場合に比べると閉じにくくなり、閉鎖不全症を発症してしまいます。
②感染性疾患
感染性心内膜炎という、血液の中に細菌が侵入してしまった結果、弁に菌が付着して、弁を破壊してしまう病気があります。このような場合、弁だけでなく弁輪も影響を受けるため、閉鎖不全症となります。
③弁輪が破壊される、または引き伸ばされてしまうことによる
代表的な病気は、マルファン症候群とよばれる先天性疾患です。マルファン症候群では全身の線維組織が弱くなってしまうため、心臓から血液を押し出す圧力により弁輪自体が引き延ばされます。その結果弁そのものは問題なくとも隙間が空いて、閉鎖不全症を発症してしまいます。
狭窄症の場合
①動脈硬化
加齢に伴い動脈硬化が起こると、弁そのものも動脈硬化を起こし固くなってきます。中には石のように固くなる「石灰化」と呼ばれる状態となり、開いたまま閉じなくなります。
②膠原病
関節リウマチや全身性エリテマトーデスのような全身に炎症を起こす病気では、全身の線維組織を固くしてしまうことがあります。その結果、弁の線維組織も固くなってしまい、動脈硬化による石灰化と同じ状態となり弁が閉じにくくなってしまいます。
③先天性の異常による
若年者の大動脈弁狭窄症の原因として有名で、3枚あるはずの弁が生まれつき2枚しかないまたは1枚しかないことがあります。
弁置換術の適応
閉鎖不全症や狭窄症では、まず塩分制限や降圧薬をはじめとする血圧を下げる内科的治療を行い、心臓への負担を軽減することが基本的な治療法です。
しかし内科的治療はあくまでも病気の進行を遅らせる事しかできず、一度起こってしまった弁の機能不全を治すことはできません。そのため、ある程度の症状が出始めた段階で外科的治療を考える必要があります。
弁置換術の適応は以下のような症状が出ている時になり、それは4つの弁に起こってしまった閉鎖不全症と狭窄症で大きく異なることはありません。
①長期間にわたり閉鎖不全症や狭窄症を患っており、心臓の機能が低下している
閉鎖不全症や狭窄症を患っていると、自覚症状はなくとも心臓に負担がかかっていることがあります。心臓超音波検査などで心臓の機能が低下していると判明した場合には症状がなくとも手術を勧められることがあります。
②すでに心不全の症状があらわれている
閉鎖不全症が進行すると心臓に大きな負担がかかり、狭心症や心不全をおこしてしまいます。胸の痛み、運動時の息切れや、夜間横になって寝ることができないなどの症状が既に現れている場合は、外科的治療を考えたほうが良いでしょう。心不全の重症度は、以下のようなNYHA分類(New York Heart Association functional classification)というものをよく使用します。
①NYHAⅠ度
心疾患はあるが、普通の身体活動では症状が出ない
②NYHAⅡ度
普通の身体活動(階段を上る)で症状が出る
③NYHAⅢ度
普通以下の身体活動(平地を歩く)で症状が出る
④NYHAⅣ度
安静にしていても心不全症状や狭心症を起こす
例えば大動脈弁閉鎖不全症の場合、狭心症の症状があらわれている場合には年間10%の死亡率、心不全症状があらわれている場合には年間20%以上の死亡率と言われており、そのような場合は早期の外科的治療が必要になります。
僧帽弁閉鎖不全症においては、僧帽弁形成術とよばれる自分自身の組織を可能な限り温存して機能を修復させる手術方法が増えてきています。
大動脈弁閉鎖不全症においては、いまだ弁置換術が主流ですが、当院では大動脈弁形成術のエキスパートである國原先生が自分自身の組織を可能な限り温存して機能を修復させる手術方法に積極的に取り組んでおりますので、是非一度ご相談ください。
また、どの弁に何の弁膜症を起こしてしまったかによっては、手術の方法が変わってくることにも注意が必要です。
弁置換術の方法
弁置換術の治療は大きく分けて、「開心術」と呼ばれる心臓を直接触りながら行う方法と、カテーテルを用いて弁を交換する方法の2種類あります。
①開心術で行われる弁置換術
開心術はその名の通り、心臓を直接開けて損傷した弁を交換する手術です。開心術を行う場合には、全身麻酔で眠った後に胸の正面にある胸骨という骨を切り開き、心臓を直接触りながら手術を行います。弁置換術の場合には心臓の動きを止めなければならないため、人工心肺という装置を用いて一時的に心臓の代わりを行います。
弁置換術では、人工弁を用いてもともとあった自分自身の大動脈弁と交換します。人工弁には金属などを加工して作られた「機械弁」とウシやブタの組織を原材料として作られた「生体弁」の2種類があります。両方とも血液を正しく流す弁としての働きには大きな差はありませんが、それぞれに利点・欠点があります。
最近では体への負担を軽減させる方法として、胸を切る大きさを小さくした低侵襲心臓手術(MICS:ミックスと読みます)や手術支援ロボットを用いた心臓手術を行う施設も徐々に増えてきています。
②カテーテルを用いた弁置換術
大動脈弁狭窄症に対しては、経カテーテル大動脈弁留置術(transcatheter aortic valve implantation:TAVI タビと読みます)が行われるようになってきました。日本では2013年に保険適応となった、まだまだ歴史の浅い治療方法です。この方法は全身麻酔をかけずに行えますが、言い方を変えると重症の大動脈弁狭窄症を患っており、全身麻酔に耐えられない方に行う手術とも言えます。
足の付け根に局所麻酔を行い、大腿動脈と呼ばれる動脈からカテーテルを大動脈弁へと到達させます。固くなって狭窄症を起こしてしまった大動脈弁の上から新しい人工弁を取り付ける手術になります。全身麻酔を受けられない方にも開心術の弁置換術と同様の効果を得られる方法ですが、まだ導入されてから歴史が浅いため実施できる医療機関もまだまだ多くはありません。
弁置換術の利点・欠点
弁置換術では、金属などを加工して作られた「機械弁」とウシやブタの組織を原材料として作られた「生体弁」のどちらかを使用します。それぞれの利点・欠点は以下の通りです。
機械弁の利点・欠点
機械弁は金属などから作られているため、高い耐久性を持っています。ですので、一度機械弁に交換すると半永久的にもつと言われています。しかし金属などの異物を体にいれるため、弁の周りに血液の塊(血栓)ができてしまいます。そのため、機械弁へ交換した場合には血液が固まらないようにする抗凝固剤(代表的な薬剤はワーファリン)を生涯飲み続けなければなりません。また、妊婦さんが飲むと胎児に奇形を起こす可能性もあります。そこで出血が避けられない大手術や歯の治療等を予定している人、出産を控えている女性などでは、機械弁に交換するかどうかは慎重に決定しなければなりません。
生体弁の利点・欠点
生体弁はウシやブタの組織をヒトに適合するように加工して作成しているため、機械弁とは異なり血栓ができる頻度は少ないとされています。そのため、抗凝固剤も短い期間だけ内服すればやめることができます。しかし機械弁と比べると耐久性が弱く、交換してから10~15年で劣化してしまい、交換のための再手術が必要となる場合があります。抗凝固剤を内服しなくてもよいことから、出血する可能性のある仕事に就いている方の弁置換術ではよく使用されてはいるものの、再手術の可能性もあるため生体弁への交換も慎重に決定しなければなりません。