2022.08.17
大動脈が狭窄したり閉鎖不全を起こしたりすると、全身に十分な血流が流れなくなって、心臓にも大きな負担をかけてしまいます。そんなときに行う外科治療が「大動脈弁置換術」です。さらに、狭窄がひどい場合は「経カテーテル的大動脈弁留置術(TAVI)」を行うこともあります。
今回は、大動脈弁置換術とはどのような治療法か、適応となる病気、それぞれの治療法の利点・欠点を解説します。
大動脈弁置換術とは?
大動脈弁置換術とは、心臓の弁のひとつ「大動脈弁」に狭窄や逆流などの異常がある場合に、弁を施術して人工弁に置き換える手術です。大動脈弁疾患では、よく用いられている手術のひとつで、高齢者にも比較的安全性の高い手術として実施されています。
また、大動脈弁の狭窄がひどい症例に対しては、TAVIと呼ばれる「経カテーテル的大動脈弁置換術」を行うこともあります。これは、カテーテルを使って人工弁に置換する治療法です。
ここでは、大動脈弁置換術で使用される人工弁の主な3つの種類である「生体弁」「機械弁」「経カテーテル的大動脈弁留置術(TAVI)で使用する人工弁」について、それぞれの特徴を解説します。
生体弁の特徴
生体弁とは、主にウシの心膜やブタの大動脈弁で作られた人工弁です。生体適合性が良いため、血液に触れても血栓ができにくく、抗凝固剤の「ワーファリン」の永久的な使用は必要ありません。
ただし、機械弁に比べると劣化が早いため、生体弁を取り換える再手術が必要になります。平均の耐久年数は10~15年程度です。この期間は若ければ若いほど短くなる傾向にあります。
機械弁の特徴
機械弁とは、特殊なカーボン素材で作られた人工弁です。機械弁は、使用による摩耗や劣化がほとんどないため、置換後は半永久的に使用できるのが特徴です。そのため、一度手術をすれば再手術をすることはほとんどありません。
ただし、血液が機械弁に接触すると血栓ができやすいため、生涯を通じて抗凝固剤のワーファリンを服用しなければいけません。
経カテーテル的大動脈弁置換術(TAVI)で使用する人工弁
TAVIで使用する人工弁は、カテーテルの先端に金属のメッシュと生体弁が付いたものです。心尖部(心臓の先端部分)、または太ももからアプローチしたカテーテルを、大動脈弁まで入れて、バルーンで大動脈弁を押し拡げながら生体弁を留置します。
開胸手術に比べて体の負担が少ないため、新しい選択肢のひとつとして症例数も増加しています。
大動脈弁置換術が必要となる病気
大動脈弁置換術が必要となる病気は、大動脈弁が狭くなる「大動脈弁狭窄症」と、大動脈弁がうまく閉じなくなる「大動脈弁閉鎖不全症」のふたつです。
大動脈弁置換術は狭窄・閉鎖不全どちらにも対応した手術で、手術での手技に変わりはありません。ここでは大動脈弁狭窄症と大動脈弁閉鎖不全症について解説します。
大動脈弁狭窄症
大動脈弁狭窄症とは、心臓と大動脈を仕切って血液の逆流を防止する役割を担っている大動脈弁が、何らかの原因により硬くなって動きが悪くなることで、血液を全身に送り出しにくくなっている状態です。
大動脈弁がうまく機能せず、全身に血液がうまく流れないために、心臓の負担が大きくなって徐々に心臓の機能が低下していきます。
大動脈弁狭窄症の原因は、生まれつきの弁の異常やリウマチ熱の後遺症、加齢や動脈硬化などです。生活習慣病なども大きく関係しているため、不規則な生活をしている人は日常生活を見直してみましょう。
大動脈弁狭窄症は、軽度の場合であれば長期にわたって無症状なことも珍しくありません。しかし、心臓の負担が大きくなって病状が進行すると、冠動脈や脳に酸素や栄養が行き届かなくなります。そうすると、失神、狭心痛、心不全による呼吸困難などの症状が起こります。
軽度の場合の治療法は内服薬の服用です。利尿剤や血圧をコントロールする薬を服用しながら、全身状態を管理して経過観察を行います。しかし、薬では弁そのものの症状は改善できません。そのため、根本的な改善のためには大動脈弁置換術やカテーテル治療などの外科治療を行います。
大動脈弁閉鎖不全症
大動脈弁閉鎖不全症とは、心臓と大動脈を仕切って血液の逆流を防止する役割を担っている大動脈弁が緩くなって、きちんと閉じなくなっている状態です。大動脈弁の閉じ方が不完全だと、左心室から大動脈に送った血液が逆流してしまい、これまで以上に拍出する強さを強めようと、心臓に負担がかかってしまいます。
大動脈弁閉鎖不全症の原因は、大動脈弁狭窄症と同じように生まれつきの弁の異常やリウマチ熱の後遺症、加齢や動脈硬化などです。そのほかにも、感染性心内膜炎や膠原病、梅毒、マルファン症候群、大動脈解離など弁そのものの異常と大動脈基部の異常で弁が拡がってしまうものとがあります。
大動脈弁閉鎖不全症は、弁の閉鎖不全が発症してもしばらくは自覚症状がありません。大動脈弁狭窄症と同じように、しばらくは心臓がその変化に順応しようとするためです。しかし、徐々に心臓のポンプ機能が低下すると、運動時の息切れや動悸などの症状が現れるようになります。また、この頃になると、不整脈や狭心痛、失神などの症状も現れます。
大動脈弁閉鎖不全症の治療も内服治療と手術治療があり、患者さんの状態に応じて選択します。
大動脈弁置換術の適応
大動脈弁置換術は、大動脈弁狭窄症や大動脈弁閉鎖不全症が発症したからと言ってすぐに手術適応になるわけではありません。前述の通り、発症後からしばらくは無症状であるため、発症後は状態に応じて内服治療で全身を管理します。
定期的な検査で、ガイドラインが定める手術適応になると手術を検討します。ここでは、それぞれの手術適応の基準を紹介します。
大動脈弁狭窄症
大動脈弁狭窄症は、病状が進行する中でさまざまな検査結果により重症と判断されれば手術を検討します。
大動脈弁狭窄症で必要な検査は、心エコー検査、心臓カテーテル検査、CT検査、MRI検査などです。これらの検査で、大動脈弁口の大きさが対表面積あたり0.6㎠(0.8-1.0)以下、最大血流速度4m/sec以上であれば、重症と判断し手術を行います。
また、このほかにも合併症の有無や、患者の年齢なども考慮します。手術適応であっても、高齢である場合や合併症がある場合には、開胸手術が行えない場合があります。その場合には、経カテーテル的大動脈弁留置術(TAVI)での治療を検討します。
大動脈弁閉鎖不全症
大動脈弁閉鎖不全症は、加齢やリウマチ熱の後遺症のほかにも、大動脈解離や感染性心内膜炎などの心臓の病気の合併症としても発症します。そのため、急性左心不全が進行する場合には緊急手術が必要です。
大動脈弁閉鎖不全症で必要な検査は、心エコー検査、心臓カテーテル検査、CT検査、MRI検査などです。これらの検査で、そのなかでも、左心室が拡大して駆出率が50%以下になっている場合や、左室収縮期の内径が体表面積当たり25mm以上で、心臓のポンプ機能の低下が見られる患者が対象となります。大動脈弁の逆流により動機や息切れ、失神などの症状がみられるかも確認します。
大動脈弁置換術の利点・欠点
大動脈弁疾患でスタンダードな治療法の大動脈弁置換術ですが、場合によっては別の治療法を選択することもあります。ここでは、大動脈弁置換の利点と欠点を解説します。
大動脈弁置換術の利点
大動脈弁置換術は、患者の状態に合わせて生体弁もしくは機械弁を選択できます。生体弁の場合ではワーファリンを永久的に飲み続ける必要がなく、65歳以上の方や妊娠を希望する方でも手術を受けることができます。
また機械弁では、使用による摩耗や劣化がほとんどないため、置換後に半永久的に使用できるといった利点があります。
機械弁は、約50年間は壊れないとも言われており、一度手術をすれば再手術をすることは稀でしょう。
また、大動脈弁形成術では弁形成の難易度が高く熟練した医師がいる医療機関のみ行っています。一方で弁置換は、自己弁を切除するため、大動脈弁形成術に比べて難易度は低く、安全性も高いため、多くの医療機関で実施されています。当院では大動脈弁形成術のエキスパートである國原先生が大動脈弁形成術を施行することができます。
大動脈弁置換術の欠点
大動脈弁置換術の欠点は、機械弁を選択した場合には血栓予防のために、半永久的にワーファリンを飲み続ける必要があります。
またワーファリンを使用できない合併症がある人や妊娠を希望する女性では、生体弁を選択することができますが、弁の寿命は15~20年程度です。そのため再手術が必要になることもあります。
大動脈弁置換術の方法
大動脈弁置換術は、全身麻酔下で人工心肺装置を使用した手術です。全身麻酔で鎮静をかけたあと、メスで胸を切開(開胸)して、人工心肺装置を使って一時的に心臓の動きを止めて心臓と肺の機能を代行します。
人工心肺装置により心臓と肺の機能を代行しているのを確認できれば、大動脈を切開して大動脈弁がよく見えるように露出させます。弁を確認できれば、大動脈弁全体を施術し、周りの弁輪が動脈硬化により石灰化していれば、その部分も取り除くのが一般的です。
このとき、除去した組織が血流で脳などの臓器に飛んでいかないように十分注意します。脳の細い血管などに切除した組織が入り込むと血栓ができるリスクがあるためです。そのため、切除後は十分に吸引と洗浄を行います。
切除した弁周辺がきれいな状態になったのを確認したら、人工弁を挿入するための準備です。サイザーと呼ばれる器具を使って、弁輪の大きさを確認して置換する弁の大きさを決定します。サイズが決まれば、人工弁を縫い合わせて弁が正常に開閉するかを確認します。
異常がなければ、心臓を動かしてエコーでも逆流や閉鎖不全がないか、縫合した部分からの漏れがないかを確認して胸を閉じて手術は終了です。
経カテーテル的大動脈弁留置術(TAVI)の利点・欠点
重度の大動脈弁狭窄症では新たな治療法として経カテーテル的大動脈弁留置術(TAVI)を行っている医療機関も増えてきました。ここでは、経カテーテル的大動脈弁留置術(TAVI)の利点・欠点を解説します。
経カテーテル的大動脈弁留置術(TAVI)の利点
TAVIは、これまで第一選択とされていた大動脈弁置換術に比べて、患者の身体への負担が少ない点が利点です。
従来の大動脈弁置換術では、開胸手術となり人工心肺装置を使用するため体への負担は大きく入院期間も長くなる傾向にありました。しかし、TAVIはカテーテルを使用し、拍動下のまま治療を行うため、人工心肺装置を使用せず体への負担も少なくなっています。
そのため、高齢者や合併症により大動脈弁置換術でのリスクが高い人でも治療が可能です。
経カテーテル的大動脈弁留置術(TAVI)の欠点
TAVIは太ももや心臓の先端などからカテーテルをアプローチします。開胸手術に比べて、体の負担は少ないですが、太ももからアプローチする場合、血管が細い場合には脳卒中のリスクを高めるたり、血管を傷つけてしまうためほかの部位からのアプローチになります。
また、留置がうまくいかない場合は開胸手術が必要となります。比較的新しい治療法のため、長期的な安全性や有効性については、まだわかっていないことが多くあります。その点も考慮して、治療法を選択することが大切です。
経カテーテル的大動脈弁留置術(TAVI)の方法
TAVIは太ももまたは心臓の先端からカテーテルを挿入して治療を行います。
太ももの動脈からカテーテルを挿入する場合は、大動脈を逆行するようにカテーテルを伸ばし、左心室の中にガイドワイヤーを留置します。ガイドワイヤーに沿って、人工弁が付いたバルーンカテーテルを大動脈弁の適切な位置で拡張して、人工弁を留置します。人工弁が正しい位置で留置されていることを確認できれば、カテーテルを取り出して治療は完了です。
心臓の先端から直接アプローチする場合は、左胸の肋骨の間を5~10cm程度切開して、左心室側からカテーテルを挿入し、同様の手順で人工弁を留置します。
まとめ
大動脈弁置換術は、大動脈が狭窄したり閉鎖不全を起こしたりすると、全身に十分な血流が流れにくくなり心臓の負担が大きくなったときに行われる治療法です。狭窄がひどい場合は新しい治療法として「経カテーテル的大動脈弁留置術(TAVI)」を行うこともあります。
大動脈弁置換術は、大動脈弁狭窄症や大動脈弁閉鎖不全症などの大動脈弁疾患の外科治療の第一選択です。各治療法の利点・欠点、手術方法を参考に今後の治療の参考にしてはいかがでしょうか。
当院では大動脈弁形成術のエキスパートである國原先生を始め、豊富な経験を持つ外科医を始めする心臓外科のスタッフ一同が一丸となって、患者様お一人お一人の立場に最適な治療、手術を行っていきます。
「すべては患者様のために」をスローガンに、患者様のことを第一に考え、思いやりのある温かい医療を提供してまいります。心臓疾患でお悩みの方はお気軽にご相談ください。